30歳女 過労による体調不良を母に素直に相談 心が軽くなり癒される

30歳女性独身です。私は大学卒業後にIT企業へ就職したのですが、過酷な労働環境によって心身のバランスを崩し休職・退職をしました。その際に自分の体調不良について母に相談をした際のことです。

私が小学生の頃は体が弱く、学校では毎日のように頭痛や腹痛で保健室に通い詰める程でした。天候の変化や光に敏感なので、湿度が高い雨の日や日光が眩しい快晴の日は特に体調不良で早退していました。このように体が弱く早退せざるを得ない体質が悩みでもあり強いコンプレックスでもありました。早退すれば母が看病してくれましたが、子供ながらに度々早退して母の手を煩わせている自分が情けなく感じ、次第にどんなに体調が悪くても家庭の中では出来るだけ公にせず我慢しようと無理をし始めました。

その後中学・高校と進学するにつれて体の弱さはさほど気にならない程度まで自然と回復し、大学生になる頃には至って健康体になっていました。まるで別人のように体力が付き、バイト先でも大変重たい荷物を何回も運べる程に筋力も付きました。しかし頭の中には幼少期に体調不良で母に面倒をかけてしまったという申し訳なさが常にあり、大学生になっても素直に体調が悪いと言うこと自体に抵抗がありました。

そして大学卒業後はシステムエンジニアとして大手IT企業に就職し、社会人1年目から毎日残業漬けの日々を送っていました。朝は5時に起床し始業時間の1時間前には会社に着き1時間のサービス残業をこなし、昼休憩返上で19時まで仕事したのち数分の休憩を経て23時まで残業するのが当たり前のスケジュールでした。23時でも早く帰れた方で、遅いと家に帰りつくのが夜中の3時という日も度々ありましたし、もちろん土日も同スケジュールで毎週出勤していました。このような過酷な仕事環境の中では食事すらまともに摂ることが出来ず、朝は小さなパン1個に昼は栄養ドリンク、夜はカップ麺と栄養面でも厳しい毎日を過ごしていました。無論2年目になれば一層仕事量が増し、帰宅してから2時間後に出勤する日々が数か月続くようになりました。その頃から次第に食欲が減退し体重が激減したり、眩暈や貧血に悩まされるようになっていました。それでも心の底にある「体調不良を安易に公言しない」という自分に課したルールに抗うことが出来ず、明らかに疲れた顔で帰宅して母や姉に心配されても精一杯の笑顔で元気な振りをしていました。

しかし3年目になった頃、食事とは名ばかりで1日に栄養バーを一欠けら食べる程度まで食欲不振に陥り、睡眠時間は毎日2時間程度という明らかに不調を来たす仕事生活にいよいよ限界が迫っていました。そしていつものように早朝から電車に乗って通勤していた際、ついに電車の中で気絶をして倒れてしまったのです。暫くしたのち目を覚まし大事にはならなかったもの、それを機に度々貧血や強い眩暈で気絶し倒れる回数が増えていきました。もちろん通勤中に倒れれば家族に鉄道会社から緊急連絡が回り、いつも母が急遽駆けつけてくれたのですが、その度に幼少期の苦い思い出がフラッシュバックし「また母に迷惑をかけてしまった」と自責の念に追われていました。本来ならそのようなことを言っている場合ではありませんが、当時の私は強い精神力さえあれば体の限界を突破できると無理のある理屈に捉われていたのです。そのように考えなければ多忙な仕事を毎日こなすことが出来なかったことも事実です。

そして次第に鬱状態になり、休職前は1週間に数回食事をするレベルまで食欲を喪失していました。しかも食べたとしても吐き気をもよおし嘔吐してしまうのです。さすがに自分の体が気合いなどで通用する限界を突破していることに気付き、このままでは過労で死んでしまうのではと思い始めました。それでも鬱状態というのは恐ろしいもので、仕事は何が何でも続けなければという考えが最優先であり病院で診察してもらう程ではないと勝手に思い込んでしまうのです。すると私の直属の先輩が私の異変に気付き、ある日「今日は午後休で帰りなさい。あと体調についてご家族に相談してごらん」と言われました。そうしてやっと私は家族に今の体調・心のバランス不良について相談するきっかけを得たのです。そのまま午後休を頂き、私は母に「実は数か月も前から鬱状態で体調が優れないんだ」と勇気を振り絞って素直な気持ちを吐露しました。仕事が辛いこと、体調不良が情けなくて仕方がないことも伝え、心の中に長年溜めてきた弱音を正直に話したのです。

すると母はただただ私の話に耳を傾けて一切否定などせず寄り添ってくれました。そして「本当に今まで頑張って来たね。偉いね」と労わってくれたのです。その瞬間私は心の枷が外れたように大泣きし、やっと自分に対しても素直に向き合うことが出来たのでした。その後病院で鬱病と診断され、1年間の休職期間を経て退職に至りました。

もっと早い段階で自分の体調不良を他の人に言えていたならば、こんなに事態が深刻になることも無かったでしょう。何より辛い気持ちや「体調不良で休みたい」という言葉を素直に言うことこそが周囲に迷惑をかけないのだと早く気付いていればと後悔しかありません。ですが貧血で気絶した時や鬱症状を相談する前から、遡れば幼少期の頃から母が大変辛抱して私の面倒を良く看てくれたことは感謝してもしきれず、こんなに優しい母を持つ私はなんて恵まれているのだろうと思いました。家族が献身的になってくれたことが私にとって心身共に大きな支えになりましたし、そのように家族が優しく接してくれて本当に良かったと思います。また素直に自分の気持ちを伝えたことで心が軽くなり、解放感を得たと同時に心が癒されたので素直に気持ちを言うことの重要性を身に染みて感じました。

残業漬けの日々を送る全ての社会人、また年齢を問わず学校に通う子供たちに対し、素直に自分の気持ちを伝えられるよう努めて欲しいと切に願っています。愚痴や弱音、ストレス発散は体にとって疲労を回復する効果があると思います。弱音を吐けない人にとってこれ程までに難しいことは無いと思いますが、私は先輩が配慮してくれたことで素直に話すことができ本当に肩の荷が軽くなりました。愚痴や弱音と聞くとマイナスなイメージを持たれがちではありますが、弱音を誰かに話した後に前向きになれるのであれば弱音は悪いことでも無く、自分を責める必要もないのです。直ぐに前向きになれなくても良いですし、一番大切なのはまず自分に対して素直になることだと思います。自分の弱さを認め、自分を責めるのではなく如何に弱さを克服すればよいかと前向きな姿勢を持って誰かに伝えてみればきっと抱え込んだ悩みや苦しみから解放されます。どうか自分や周囲の人に対し素直になる姿勢と、正直に素直な気持ちを言葉で伝える力を身に付けて欲しいとお伝えしたいです。