29歳 警察官をやめて本当に良かった

こんにちは、papa-manです。
僕は、小学生のころから自己肯定感の低い少年でした。自分というものがなく、いつも周りに流されてばかりでした。それは最近まで続きました。なぜ僕が自己肯定感の低い少年だったのだろうかと今考えると、両親の離婚が原因だったと思います。今でこそシングルマザーっていう言葉は、一種のカッコよさみたいに伝わりますが、僕が子供のころはやはり不憫な家庭という目で見られていました。大人は子供に言いませんが、そういうものは子供ほどよく感じるものです。そういう理由で僕はあまり自分に自信がなく、人に何か言うということに恐怖すらもっていました。
そんな僕ですが成長し高校生になると、少しずつですが自分を持てるようにはなりました、完全にではありませんでしたが…
僕は母子家庭でさらに2歳下に弟がいたので高校卒業後は仕方なく就職という選択をしました。本当は大学に行きたかったのですが、僕の家庭では大学に行けるほどの経済的余裕はありません。
だから僕は就職しました。それも母を安心させるために公務員になりました。選んだのは警察官という仕事でした。
警察官という仕事は、世間一般的にはカッコいい仕事の一つになると思います。やる人によっては、とてもやりがいある仕事でしょう。人のためになる仕事であることに間違いありませんから…
僕も仕事はめちゃくちゃ頑張りました。母に迷惑をかけたくないという理由が大きかったと思います。治安を守りたいという意識は最初は少なかったですが、それでもやりがいは感じていました。警察官という仕事の中で一番きついのが人間関係です。
警察組織というのはいわゆる階級社会で上司の命令は絶対です。それに従わなかったなら、はぶかれるということも日常茶飯事ですし、何よりもパワハラが日常的です。
僕の上司もパワハラ上司でした。毎日死ねと罵倒されます、みんなの前で…
これはしんどかったです。
でも僕はやめようと思いませんでした。だって母が悲しむと思ったから…
ある日のことですが、僕は上司に拳銃を向けられました。拳銃から銃弾は抜かれていましたが、それでも僕は恐怖を感じました。僕はこのまま警察官を続けていたら殺されるかもしれないと思いました。もしかしたらその前に自分で自分を殺してしまうかもしれないとも思いました。
だから僕はやめることを決意し、母に言いました。
でも母は、やめることを止めました。
僕はこれまでの人生で母の操り人形とまでは言いませんが、ほとんど言うとおりに歩んできたと思っています。
でもこの時ばかりは母に対して、はっきりとやめると伝えました。何度も何度も、泣きながら。
母は納得はしてくれませんでした。
それでも僕はやめました。
今の僕には、安定した収入はありません。
でも心の安定はあります。そして初めて自分の言葉で自分の気持ちを語ったことで、今の僕は以前より自分のことが好きになりました。
これを読んでいる人は、悩んでいる人なんだろうと思います。
悩むことは、人生を本気で生きている証拠です。
僕は、悩むことすらしない人生を送ってきました。でも今は毎日毎日悩みます。悩んでいることは、後ろに下がることではありません。間違いなく前進です。
一緒に人生を本気で生きていきましょう。